丹波・若狭の旅/丹波王国の謎を探る(前編)

丹波・若狭の旅/丹波王国の謎を探る(前編)

さて続いての旅日記、時代はついに2013年までさかのぼりまして、いよいよ記憶があやふやになってきております。

しかし、このブログの多くの回想記事は、過去に書いた日記を引用して書いているのでなんとかかんとか文章になります。。。

 


丹波王国なるものがあるらしい

ウチの実家から「天橋立」「籠神社」に半日あれば行けそうということで、そのうち行ってみようと検討中だったのですが、行くことになりました。

天橋立は日本三景の一つというだけでなく、イザナギが天に上るために使っていたハシゴが倒れてできたものだとかいう言い伝えがあります。

ちなみに日本三景といえば宮城の松島、広島の宮島も行きましたんで、これで全部制覇です。

しかし、一般人ならば「天橋立」の方に興味を惹かれると思いますが、個人的には元伊勢「籠神社」そしてその奥宮である「真名井神社」に興味があるのです。

はるか昔、伊勢神宮(天照大神)は皇居とともにあったらしいのですが、自身とともにあることを畏怖した天皇がそれにふさわしい場所を探そうとしてあちこち伊勢神宮を移転させたらしいのです。

そして、その代々転移した宮を元伊勢と呼びます。

その元伊勢のひとつが籠神社なのです。

また、籠神社(真名井神社)にはもともとは豊受大神が鎮座していたのですが、あとからそこに天照大神がやってきたそうです。

そして最終的に伊勢に移るのですが、なぜかその後に遅れて豊受大神も伊勢に移るという、なんかよくわからない謎の動きをしているわけです。

そして、その背景には「丹波王国」があるのです。

丹波王国ってのは本当に実在したかは定かではなく諸説があるようですね。

個人的には出雲と並んで、丹波の国にも大きな王国が存在したのではないかと思っていますので、その辺を実際に見に行ってみようって旅なのです。

ちなみに、妻はそういう歴史の話は全く興味ありません。笑

 

籠神社に行ってみる

さて、まずは元伊勢「籠神社」です。

さすがに丹後の国の一の宮だけあって綺麗に整備されていますね。

以下の由緒からもわかるように、元伊勢つまり、過去に「伊勢神宮」があった場所(天照大神の本体があった場所)なのです。

伊勢神宮ってのは、過去にあちこち移動していたということなんですねえ。

不思議な話です。

ちなみに今回は夏休み、しかも、お盆に出かけたのですが。

お盆にしては空いてるのかな?って印象です。

ところで籠神社(真名井神社)は別名を「匏宮(よさのみや)」または「与佐宮」といいます。

与佐宮は別名というか元々の名前だと思うのですが、そもそもこの辺りの地名が与謝野なのです。

なるほど、名前の由来は、そこからきているんだなあと。

ついでに、あの俳人?だっけ?の与謝野鉄幹の実家らしく、与謝野晶子の歌碑?があったり縁が深いようです。

拝殿の前にはなんだか貫禄ありそうな宮司が。。。

もしかして、あの海部氏の祖先の方だろうか!?

海部氏というのは、元の祖先は「天火明命」で、それを示した海部氏系図は国宝指定されています。


倭宿禰は格上かつ、もともと地元の実力者?

裏から神社を出ると「倭宿禰命」の像があります。

これは、上述の天火明命の子孫で、神武が大和を制覇した時に大いに貢献した人物とされています。

その貢献を認められて、「海部」という姓を頂いたようです。

ただ、これは神武側(侵略した側)の解釈であり、実際には今まで王だったのに、神武に屈服したという意味にも取れます。

歴史は勝者が作るものと言いますからねえ。

さて、籠神社の案内看板には奥宮の真名井神社の案内もあります。

豊受の真名井神社は奥宮にあたるので当然、この地域では天照大神よりも豊受大神のほうが各上だと思うんですよね。

そう考えると、先ほどの侵略された地域のボスにゆかりの深いのはアマテラスでなく豊受なのかなと、歴史ロマンが見え隠れします。

って、勝手な推測ですが。。。

奥宮「真名井神社」に行ってみる

次はいよいよ奥宮「真名井神社」。

こちらは、籠神社から400m程度離れた場所にあります。

山道を登っていきます。

やっと入り口が見えてきました。

夏は暑いし疲れるな、こりゃ。

石碑には祭神の豊受大神の名と、真名井神社の別の呼び名の一覧が並んでいます。

いろいろな名称で呼ばれていたってことは、いろんな人たちがここにやって来たということなんでしょうね。

さ、由緒ですが、えーと、なんだか読めないし。。。

だれか訳してくれよ。

拝殿なのか本殿なのか、こちらが真名井神社の本体。

こじんまりとしてます。

下の写真「塩土老翁」の裏山がご神体なので、やっぱりこれは拝殿なのでしょうね。

山を拝むタイプの神社は古いものが多いです。

日本古来の自然信仰の名残でしょうか。

つまり、もともとは山を拝んでいたのが、後になってから「神社」という形式がやって来たのかもしれません。

ただし、拝殿の裏には天ノ御中主が祭られています。

なんだか、あれこれ一緒に祭られていて、ちょっと不思議な配置です。

ちなみに天ノ御中主ってのは宇宙を作った神、的なすごい人。人?いや、神。

というわけで、籠神社と真名井神社、現代でいうところの伊勢神宮の内宮と外宮と同じ関係。

内宮に天照大神、外宮に豊受大神、豊受大神は食べ物の神とされていますが、そもそも丹波に鎮座していたということで納得がいきました。

丹波は古来「田庭(タニハ)」と呼ばれて、それが音韻化して「タンバ」となりました。

田庭というのは広大に田んぼが広がり食料が豊かな土地の意味で、豊受大神はその豊かな丹波の王であったゆえに、食料の神となったのでしょう。

うーん、絶対そうだ!

 


過去には日本海側ですが巨大津波も来たようです

余談ですが、真名井神社の入り口には「波せき地蔵」というものがあります。

かつて大地震が起きて大津波が来た時に、この地蔵の位置で止まったというものらしいですが。

確かに天橋立のある土地はリアス式海岸で、何倍にも巨大化してた津波が襲い掛かる危険性の高い地域。

しかし、この場所は結構標高も高いです。

ていうか、少なくとも「50m」はあります!!

うーん、津波、恐るべし。。。

 

観光地としても楽しいよ

さて、籠神社の裏手には、リフト乗り場があります。

ここから天橋立を見渡すことができます。

すごく気持ちいいです。

それにしても天橋立。

確かに不思議な光景です。

イザナギがイザナミに会うために天に伸ばしたハシゴが倒れてできたという言い伝えがありますが、神秘的な地形です。

ていうか、危ないし、ハシゴを倒すんじゃねえ、とも思いますが。

有名な「股のぞき」。

股のぞきをしている人を後ろから見ると非常に間抜けですけどねえ。

山に登るにはリフトとケーブルカーがあるのですが、圧倒的にリフトのほうが楽しいです。

天橋立に来たらぜひ、リフトに乗ってみてください。